八重樫東が引退した理由が井上だった!?目やまぶたはもう完治?


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ロボクサーとして大橋ボクシングジム所属し

ミニマム級王者とフライ級王者で引退した理

由が井上だった!?目やまぶたはもう完治?

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八重樫東が引退した理由が井上だった!?

inoyae

岩手県北上市出身の八重樫東さんは、

アマチュア時代の2000年、黒沢尻工業高校の時に

インターハイでモスキート級優勝し、

 

そこでの活躍が

大学推薦の際にアピールポイントとなって、

高校卒業後は拓殖大学に進学し、

「2002年には国体でライトフライ級に優勝」

してしまうほどボクシングの才能があり、

 

アマチュア時代は、

「70戦56勝14敗」という優秀な成績だったため、

卒業後は大橋ジムの会長に

「うちに来て本格的にプロを目指さないか?」

といったオファーをされ、

 

大橋ジムに所属が決まった彼は、

2005年3月26日、「ミニマム級」として「プロデビュー」し、

デビューしてから3試合連続で「2ラウンドKO勝利」を収め、

「4試合目は3-0の判定勝利」すると、

 

2006年4月3日、

「OPBF東洋太平洋王座獲得」するために、

「ウィラサック・チュワタナ」とミニマム級王座決定戦で戦い、

5回KO勝利した事をきったかけに、

「俺は世界でも通用するような戦い方できるようになってきた!」

と確信した彼は、

 

2007年6月4日、

「世界初挑戦」するために、「イーグル京和」の持っていた

「WBC世界ミニマム級王座」に挑戦するも、

「2ラウンド」で「偶然のバッティング」から顎を2か所骨折してしまい

「0-3の判定負け」になってしまいました。

 

そして、その悔しさを抱えつつ、

2009年6月21日、「日本王座獲得」するため、

「日本ミニマム級王座決定戦」で

「日本ミニマム級1位の堀川謙一」と争い、

「3-0判定勝利」で王座を獲得した彼は、

 

2011年10月24日、

「WBA世界王座獲得」するため、

「WBA世界ミニマム級王者」の

「ポンサワン・ポープラムック」に挑戦し、TKO勝ちを収め、

4年ぶり2度目の挑戦で世界王座の獲得に成功すると、

 

2013年4月8日、「フライ級」に挑戦すべく、

「WBC世界フライ級王者」の「五十嵐俊幸」と戦い、

序盤からペースを握り、「判定勝ち」し、

「ミニマム級王者とフライ級王者」になった彼は、

 

2014年12月30日、「ライトフライ級」に挑戦すべく、

「井上尚弥」の王座返上をチャンスとみなし、

WBC世界ライトフライ級1位の「ペドロ・ゲバラ」と戦いましたが、

KO負けしてしまい「3階級制覇に失敗」してしまって引退を考え、

「引退します!」とその場で宣言したのですが、

 

しかし、ボクシングへの情熱が心をまだ支配していたのか、

今度は、スーパーフライ級に階級を上げ、

復帰戦を行う予定であることをマスコミに表明しました。

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目やまぶたはもう完治?

ボクシングをしていると、激しい殴り合いと、

素早い動きの連続で、「偶然のバッティング」であっても、

「顔が腫れてしまう」「頬から大量の出血がしてしまう」といった

「アクシデント」によって「試合中止」や

「判定負け」になってしまう事がありますが、

 

しかし、

そういった事を想定した戦い方の研究は日々しているため、

「どっから、どうきたら、どうよける」

といった事は十分承知しているのですが、

長年ボクシングをやっていると、

「打たれた分だけ視力は低下する」し、

「しかも体力が衰える」ため、

 

そういった実態を踏まえた戦い方をしないと、

「タイトルが取れない」ため、

「頂点に立つ」「頂点に立ち続ける」

といった事が非常に難しいスポーツなのです。

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